自閉症と診断されるまで


渡米後しばらくは生活に慣れるのに必死で、実のところこうくんの様子は

あまり覚えていない。

日記にも、プレスクールを嫌がるバボーの事や病院での英語に苦労した事などは

書いてあるが、こうくんは殆ど登場しない。

だから、気づいたのは父の方が早かったかもしれない。

こうくんが突然意味もなくケタケタと笑ったり奇声を上げたりするのを

「何だかキチガイみたいだ」とひどく嫌がっていた。

私も気になっていたが、耳が悪いのかなと思っていた。

でも、やっぱり何かが変だった。


98年4月末(2歳2ヶ月)、耳のチュービング手術を受けた。

これは、滲出性中耳炎の子供によく行われる処置で、鼓膜に小さいチューブを

埋め込むだけの簡単な手術だ。

ただ、こうくんは年齢が低くじっとしていられないので全身麻酔で行うとの事だった。

耳の事がずっと気になっていたので、ついでに聴神経の検査を依頼した。

結果、こうくんの聴覚には全く異常がなかった。

普通なら喜ぶところだが、母は焦った。

「聴覚が正常なのに、なぜしゃべらないのか?」
 
「なぜ名前を呼んでも反応がないのか?」

母の質問に耳鼻科の医師は「生活が急に変わった事とバイリンガルな環境に

置かれたせいもあるかもしれない。暫く様子を見ましょう」とのんきな事を言った。

渡米後すぐに地元のプレスクールに放り込まれたバボーは

確かにバイリンガルな環境に置かれていた。

しかし、こうくんは違う。

母はTV-JAPAN(海外でNHKの一部を放映)と日本のビデオばかり見ていたし、

会うのは駐在員親子だけだった。

母はくい下がったが、医者は「まぁ、まぁ、もう少し」と繰り返した。

それはまるで慣れない異国で神経質になっている心配性の母親を

なだめている感じだった。

悔しかった。

全然違うのに。絶対おかしいのに。

それを伝えきれない自分の英語力のなさが情けなかった。

この日、こうくんがしゃべらないのは耳のせいじゃないと確信した。


次の日、主治医と今後の治療について相談した。

主治医の反応は今ひとつだったけれど、言葉が出ていないのは事実なので

とりあえず週2回のスピーチセラピー(言語療法)に通うことになった。

これで、何か変わるだろうと期待していた。


セラピーは5月末から始まったが、夏休みが終わってもこうくんは一向に

しゃべる気配はなかった。

それどころか、前よりも奇声は多くなり、クルクルと回っては

ケタケタと大笑いしていた。

どこで何をすればいいのか、誰に何を聞けばいいのかすらわからなかった。

知り合いは駐在員家族だけだったし、その中に障害児を育てている人は

一人もいなかった。


9月に入ってから、主治医にセラピーの成果が全く上がっていないことを報告すると

『SPICE』という団体を紹介してくれた。

『SPICE』は合衆国の初期介入プログラムの一環として、2歳から3歳までの

発育に何らかの遅れがあると思われる子供たちへの療育と

親へのカウンセリングを行っている団体だった。

アメリカでは3歳以上の発育に遅れのある子供たち一人一人に

IEP(個別プログラム)を立て、無料で教育する事が法律で定められていて、

その多くを公立小学校が担っていた。

3歳未満については州ごとに違い、たまたま私達の住んでいる地区には

『SPICE』があり、2歳からの療育が行われていた。


10月に入ってから『SPICE』でこうくんの発達検査が行われた。

3人の専門家(言語療法士・作業療法士・臨床心理士)がそれぞれの立場から

こうくんを観察し、母に質問をした。

2週間後、こうくんはDevelopmental Delay(発育遅滞)という名前をもらい、

療育や色々なサービスが無料で受けられることになった。

こうくんの遅れは父と母の予想を遙かに越えていた。

認知能力は12ヶ月児で、言語理解は3ヶ月児並、意志伝達が9ヶ月児程度

という結果に呆然とした。


99年4月(3歳2ヶ月)、『SPICE』の言語療法士の紹介で

シカゴの小児心理医に診てもらい、その時初めて「自閉症」と診断された。

父も母も「自閉症」に関する知識がほとんどなかったので、

当初は意外な気がしていた。

けれど、調べていくうちに、こうくんはまさに「自閉症」そのもので、

しかも決して軽くはないという事がわかってきた。

3歳の時点で全く言葉がないどころか自分の名前にすら無反応で、

指さしも真似もしないこうくんが言葉を獲得できる可能性は低かった。

仮に言葉が出たとしても、しつこく繰り返したりその場に合わない事を

大声で話すなど、別の大変さが出てくる事を知り愕然とした。


シカゴに定期的に通うのは無理だったので、家から50分ほどの隣町にある

子供病院の小児発達の専門医を紹介してもらった。

その先生は、「自閉症」が脳の機能障害で起こるもので親の育て方や環境などは

全く関係ないという事を丁寧に説明してくれた。

一ヶ月ごとに通って様子を観ていくことになった。

1歳9ヶ月
渡米直後
2歳3ヶ月
お気に入りのビーズ・トイ

2歳10ヶ月
睡眠障害の為、夜中に大暴れしていた。
寝かしつけは無理だったので、
気絶するまで待ってベットに移していた。

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